​ 1人当たり売上高と床屋さんのFP&A

企業の収益性を図る指標のひとつに『1人当たり売上高』と言うものがあります。読んで字のごとく『売上高』を『社員数』で割った金額で、一般的はそれが大きければ大きいほど良いとされています。

1人当たり売上高の大きい業種の代表として商社、卸売業、ゼネコンや不動産業などが挙げられます。これらの業種に共通しているのは、限られた人数で比較的取引金額が大きい商品を付加価値(VA)を加えずに “右から左に動かす” 事で、比較的小さな売上総利益率ながら大きな営業利益を出すというのがビジネスモデルであり、製造業やサービス業のそれとは対照的です。

上記の業種を『人への依存度』と『VA』から考えると、サービス業 > 製造業 > 商社等 となり、つまり1人当たりの売上高とは反比例します。

このように業種によってその指標が変わりますが、1人当たり売上高は製造業で1億円以上あれば優良会社と考えて良いと思います。

製造品のVAがどのくらいの割合かにもよりますが、とはいえ例えば100人の製造会社で年間100億円のものを作り出すのいうのは、かなりハードルが高い指標です。

ちなみに、日本を代表する製造業のひとつであるトヨタ自動車を例に取ると、ザックリした計算で且つ年度によっても違いますが、1人当たり売上高は約8千万円、営業利益率は約8%、販管費率約12%、粗利益率約20%、原材料比率は80%ですのでVAは年間約3千万円、ひとり1時間当たりで約1万5千円という計算になります。

商社の場合はどうでしょう。同じトヨタグループの豊田通商は1人当たり売上高は約1億3千万円とトヨタ自動車よりも高いのですが、売上総利益は7%、販管費率は6%、1人当たりのVAは5,000円/時とトヨタ自動車よりも低くなってしまいます。このように1人当たり売上高の指標は業種によって異なりますので、一概に金額だけで比較する事は難しいです。

どうですか?皆さん、会社でひとりあたり1時間で1万5千円の価値を生み出していると思いますか? …と言われてもわかりませんよね。ではサービス業を例に取って考えてみましょう。

サービス業といっても、飲食業、観光業、機械や自動車の整備業や会計士、保育士、弁護士、税理士などの “士” が付く職業など様々ですが、今回は私が個人的にその価格設定について常に疑問を持っている理髪業を例に取って考えてみたいと思います。

理髪業、つまり床屋さんです。私の場合顔なじみの床屋さんにだいたいひと月半に1回程度行くのですが、そこで取り留めのない話をしながら散髪をしてもらうのが至福の時間で、気持ちよくて眠ってしまう事もしばしばです(笑)。

この床屋さん、何年も通っているのですが従業員は減る一方で、以前は全部で4人ほどで回していたのですが今は店長1人だけでやっています。なんでも、そもそも理容師の『なり手』がないそうで、辞めていくのは腕を上げて独立する人なのですが、代わりの新人が来ないとのこと。以前は理容師学校を卒業した新人が入って来たようですが今は募集しても全く来ないそうです。

どこもそうですが昨今の人手不足には困ったもので、特にサービス業においては顕著なものがあるようです。そしてその要因のひとつにやはり待遇面の悪さがあるのではないかと考えます。

私の場合まず髪を切ってもらってからシャンプー、顔剃り、ドライヤーで乾かし最後に簡易マッサージとなるのですが、(たいした髪ではありませんが)これで約1時間かかります。料金は4500円。不思議と地方でも都心でも散髪代は大きく変わらず、だいたい4千円から5千円の間です。この価格はおそらくここ20年間大きく変わっていません。

当然この一貫の作業中は私だけで他に客はいません。これ、どういう事かと言うと、この店長はどんなに頑張っても1時間当たり4,500円以上は稼げないんですね。当たり前ですが。

シャンプーなどの物品販売もありますがあまり買う人もいないでしょう。散髪はネット販売もできませんし、作り置きもできません。

ここは美容院と違うところで、ある程度の物品販売もあればパーマの待ち時間には他の人のカットも並行してできます。そもそも美容院の単価は何故か床屋よりも高いのでちょっと比較ができません。

それでも美容師の世界は理容師に比べれば『なり手』は多いそうです。ただし腕が良くないといつまで経っても下っ端で、結局は低価格店、つまり『1,000円カット店』のようなところへ転職して行くようです。ですので『1,000円カット店』の店員の多くは理容師では無く美容師なのだそうです。顔剃りをしないので資格的にも問題ないとのこと。私は行きませんが(笑)だって、普通の床屋さんが30分以上かけてカットするクオリティを10分で出来るハズがなく、結果として床屋に行く感覚が短くなり結局高くついてしまうのと、髪くらいはリラックスして切ってもらいたいし、顔剃りもお願いしたいからです。

さて店長の話に戻ります。この言わば時給4,500円の収入から店の家賃、専用の電動椅子のリース代、水道光熱費、シャンプー、石鹸、タオル、髭剃りなどの消耗品、タオル蒸し器やドライヤー、アイロンパーマのコテ、掃除機などの備品代も払わなければなりません。手取りはいったいいくらくらいになるでしょうか。

まずは収入の想定からです。パーマや毛染めがあったとしても、1時間当たりの単価はさほど変わらないと思いますので、そこの想定は割愛します。1時間の対価は4,500円、捌く人数は1人。では月に何人くらい客が来るでしょうか? この店長、腕が良いだけでなくアイロンパーマの特殊技術があるらしく、いつも先3週間は平日も含めて予約がいっぱいで、遠くは山梨や東京の外れから毎回通っている人や、我々世代の野球界のヒーローで今は野球解説者のE氏も遠くから通っているほどです。

ちなみに、いまどきアイロンパーマなんてやる人いるの?と聞いたところ、超剛毛の人は髪を伸ばすとどうにもバラバラになってしまい、アイロンパーマでないと収まりがつかないことがあるのでまだまだ需要あるとのこと。ただできる理容師も少なく増して熟練者は都内にもそう多くいないそうです。

このように幸いにもアイドリングの時間はほぼ無いようですので、仮に1日の営業時間10時間で日に8人、火曜日だけが定休日なので月の稼働は25日、そうすると月に約200人捌くことになります。そうとう頑張ってですが。

支出で1番大きいのは家賃でしょう。駅近の一階の店舗ですから月の家賃は最低でも20万円くらいはするでしょう。この家賃を200人で割り返すと千円。早くも手取りが時間3,500円まで減りました。同様にリース代を月に3万円、水道光熱費を5万円、消耗品や店の備品代で7万円、計15万円を割り返すと750円となり、2,750円まで減ってしまいました。

月の収入としては最大でも約50万円、年収で600〜650万円。ベテランで腕の良い職人の理容師ですから実質この業界のトップランナーでしょう。しかも1日立ちっぱなしで、週休1日です。ちなみにネットの情報ですが、理容師の平均年収は250〜350万円だそうです。

この店長も元々はカリスマ美容師がやるように、若い人材を育てて店を大きくし、オーナーになって店舗を増やす事を考えていたそうですが、人が来ないのでそれどころではないそうです。

さて、平均年収300万円、どんなに特殊技術を磨いても年収600〜700万円が頭打ち、しかも休みは少なく身体が資本、美容師のようにカリスマになる事も難しい…となるとやはり『なり手』は少なくなってしまうなが必然。床屋さんの数が減っているのは客が1,000円カットに流れているのが主な要因では無く、若手が魅力を感じられる報酬を得られる環境が出来ていないのが元凶のような気がします。昨今の保育士不足に近いものがあるかもしれません。現に歳を取った床屋のオーナーが跡取りもなく廃業するとケースも少なくないそうです。

理容師に限らずサービス業で変わらない需要があり、他に変えられない技術や知識を持っている人はやはりそれなりの報酬を得るべきで、そうでないとその産業自体が衰退していってしまいます。

日本でもドイツのマイスター制度のような仕組みを取り入れ、技術者は技術者として若いうちから専門性を磨き、その専門性を生かした産業を保護するようにする一方で、大学ではゼネラリストとして、理系・文系の区別無く知識をつけていく必要があると思います。

日本にも高等専門学校(高専)というものがあります(私の経験では高専出身者はその専門性については優秀な人が多く、かつ新卒でも即戦力になります)が、その報酬については大学卒に及ばないという何ともおかしな慣習がありますが、高専をもっと発展させ、報酬も専門職としてゼネラリスト並みに設定すれば、昨今のエンジニア不足にも貢献できるのでは無いでしょうか。

閑話休題、最後に1人当たり売上高の話をもうひとつ。

この写真、電車の3人掛けの席の前に立った時に目の前に飛び込んできた広告なんですが、何とも言えない違和感を感じたので、ちょっと分析してみました。

いや、違和感を感じたのはこの本の題名ではありません(まぁ題名も胡散臭さ満載なんですが、それはそれとして) 。違和感を感じたのは、ここに書かれているこの会社の社員数と売上高です。

多分この著者(この会社の社長)は『自分はこんなに次々と新規事業を成功させた大きな会社の社長だから、うちの会社のやり方を参考しなさい、そうすれば必ずあなたも成功しますよ』的な上から目線というか信仰宗教の勧誘文句のような宣伝文句で、本を売り込もうとしているんでしょう。

しかし、この社員数と売上高から1人当たり売上高を計算すると約750万円。トヨタの10分の1以下、床屋さんと同じくらいです。いやいや、業種によるでしょう?そうです。で、調べてみました。この会社、ネットカフェやフィットネススタジオ、ホットヨガスタジオ、健康食品販売、介護事業と様々な事業を展開していますが、メインはフィットネスクラブのようです。そうです、サービス業ですから製造業の1人当たり売上高とは比べられません。そこで他のフィットネスクラブの数字を調べてみました。

例えば株式会社ルネサンスの場合社員に臨時雇用者数を足したもので売上高を割ると約1千2百万円、同様に東急スポーツクラブオアシスは3千4百万円、セントラルスポーツは1千7百万円、ティップネスは臨時雇用者数を含めた数かは不明なため参考値ながら5千2百万円(コナミスポーツはコナミと合算の決算なので除外しました)と、1人当たり売上高は、1番小さなルネサンスの6割程度です。

1人当たり750万円の売上から光熱費、建物の賃借料、設備の減価償却費、機材のリース代も備品代も支払わなければなりません。いったいどれだけ人件費に回せるのでしょうか。自ずと社員の給与水準がわかってしまいます。恐らく前述の理容師の平均給与かそれ以下でしょう。(ちなみに有報によるルネサンスやセントラルスポーツの平均給与は550万円程度)

給与が全てとは言いませんが、明らかに世間より安い給料で社員を大量に雇用して、

『突然ですが、社員をもっと大切にしてみてください 』

とは、こっちのセリフです(笑)