【M&A】その時FP&Aは何をすれば良いのか?その4「FP&Aの方便力」

下町ロケットの方はM&Aの話はどこかに飛んでしまい、何やら経営者の個人的な思い入れによる暴走で会社の将来が決まりそうな勢いですね。ま、結局そうはならないんでしょうが(笑)

さて、DDの時のFP&Aとしての取り組み姿勢の話の続きです。DDの建前は第三者による公正な価格の評価となっていますが、過去何年かの財務実績は誰が評価してもある程度同レベルの価値を導きだせるでしょうが、将来の見通しから算出されるキャッシュフローの話となるとそうは簡単にいきません。

定量的だけでなく定性的な視点からも、あらゆる面からロジカルな理屈を導き、会社の将来価値を算出しなければなりません。特に定性的な面では、会社側の説明の仕方によって導き出される印象が大きく変わってきます。

特にマーケットの動向や自社製品の強み弱み、主要なカスタマーの購買計画の特徴、主要購買先の特性などなど、会社側でしか分からない情報は山ほどあります。これらをどのようにDDの算定に反映させるかは、言って見れば会社側の説明に依存するところが大きいと言えます。

例えば『我々の主要製品のAは、これこれこんな強みがあるから、来年以降は確実に成長すると見込んでいます。ほら、過去数年も毎年数パーセントづつ、順調に売上を伸ばしているでしょう?』と言えば、『なるほど、ではこの成長曲線で将来の見込みを描いているのも納得出来ます』となるか、『我々の主要製品のAは、競合製品とのシェアの奪い合いに苦戦し、本来ならマーケットの急激な成長に比例した成長率を示さなければならないところ、毎年数パーセントの伸び率しかありません。このままでは頭打ちのマーケット成長率に対してシェアの獲得が難しくなりますので、売上の増加は見込めません。』と言えば、『ではここはコンサバティブに、成長率は0として算出しましょう』という結論になるかもしれません。

世の中の情報から得られるマーケットの動向なんてよほどのマスプロダクトでなければあてにはなりませんし、まして競合製品の強みや弱みなんてコンサルが知る由はありません。誤解していただきたくないのは、嘘をついて数字を操作しなさいと言っているわけではなく、言い方ひとつで見通しの印象は大きく変わると言う事を承知の上でDDに臨んで欲しいと言う事です。

では、FP&Aとしてどのような定性的な説明をすれば良いのか、それが前回のコラムに書いた、『評価は低く』と言う事に繋がります。

FP&Aのあなたはどちら寄りで評価しますか?もちろん自己評価を高くして自社を高く買ってもらいたいですよね?心情的に自分の働いている会社の価値を低く評価はしたくないものです。

自社の価値を高く評価したいという気持ちは、FP&Aという立場でなくとも自然と湧き上がって来るものだと思います。しかし冷静に考えてみてください。これからその “自社“ は売られるのです。つまり “自社“ は買い手のモノになり、我々社員も買い手の元で働くことになるのです。

“自社“の価値を高くして喜ぶのは誰でしょう? それは売り手であり、その時既に我々は買い手の元で仕事をしているのです。

つまり我々がいくら頑張って会社を高く評価したところで、全く恩恵を受けられないのです。そればかりか、高く評価することで買い手は当然その分のリターンを期待します。つまり期待は事業のターゲットに変わり、売却後に大きなプレッシャーが我々にかかってくるはずです。大げさに言えば高く評価することは『天に唾する』行為になってしまうのです。

こんな事を書いてしまえば、売り手である現在のオーナーの意図に反することになります。だって彼らは出来るだけ高く売りたいと思っているハズですから。だからもちろん、そんな意図をあえてDD中に言う必要も無いし、無理にコンサルに低く評価するように誘導する必要もありません。FP&Aとして高く評価してもらいたいと言う気持ちを抑えて、あくまでコンサバティブに、そして公正に評価してもらうように進めれば良いのです。(出来る範囲で(笑))

M&Aの発表後から既に我々FP&Aは買い手の為に働かなければならないのです。

次回はM&Aの発表後のFP&Aの日常業務に与える影響を書いてみたいと思います。

【M&A】その時FP&Aは何をすれば良いのか?

その3「自己評価は “低く“ せよ」

この秋放送開始の『下町ロケット』でもM&Aの話が出ていますね。佃製作所がGear ghost 社を買収するとかしないとか。買収される側は心情的にはあまり良く思わないという面もよく表れています。『会社の危機より自社のプライド』ということでしょうか。

『M&A』だけでなく『デューディリジェンス』や『お見合い結婚』などという言葉も出てきました。そして前のコラムでも書いたように、M&Aの話はここでも『突然』やってきました。

また、ドラマでは経営者の取り扱いのミスで情報が社員にリークしてしまいましたが、M&Aの社内へのアナウンスは『適切な時期』に『正確な情報』を『一斉に』伝えないとトラブルの元となります。

アナウンス前に噂が流れればあらぬ詮索がされ、話に尾ひれはひれが付いて、やれ “この会社はもうダメだ“ だの、“ドコドコ会社の傘下になりそうだ“ とか、“バラバラに解体されて売られる“ などと、とかくネガティブな情報が飛び交うことになりかねません。

この類いの噂は会社にとっても社員にとってもネガティブインパクトさえあれ、結局誰も何も得をしません。だからもし、FP&Aとしてあるいはコントローラーとして上層部から内密にM&A関連の情報をもらったとしたら、情報がリークしないように最新の注意を払いましょう。

さて本題に戻ってDDの話の続きです。DDのプロセスは様々ですが、通常大きく分けて2つのステップに分けられます。ひとつ目は『自社の目での評価』、もう一つは『他者の目での評価』です。

他者とは買収側のことで、他者の目による評価とは、買う側の目で売られる会社の『品定め』行なうことを意味します。グローバルカンパニーの場合は、多くは大手の監査法人系のコンサルティングファームの専門部隊がこのDDに絡んできます。世界各国に事務所がある大手M&Aコンサル会社であればターゲット会社の拠点が世界中にがあったとしても、現地の事務所を通じて調査が可能になるからです。

昨今は大容量のデータのやり取りもインターネット経由で容易にできるようになりましたし、スカイプなどを通じてコミュニケーションも出来ますから必ずしも現地事務所が必要とは限りませんが、やはりローカルGAAPや税制のリスクを評価するには、より現地での現地事務所によるDDが、正確性の高いデータを集める為には必要不可欠です。

一方、『自社の目』とは自己評価のことです。自社を売り出すために自社の評価を行うことで、自社の適正価格を査定します。自己評価も同様にグローバルのコンサルティングファームが入ることが多いです。通常はまず自己評価が先で、自己評価の査定資料を元にポテンシャルバイヤーを見つけ出し、ポテンシャルバイヤーが『他者の目』で改めてその査定資料を精査します。この両方のプロセスが広い意味でのデューディリジェンスと言えるでしょう。

さて、売られる側は自己評価を高くして高い値段をつければ沢山のキャッシュが入ってハッピーですし、買う側は出来るだけ安く買い叩きたい。至極当たり前の経済原理です。

しかし適正価格はどちらも第三者の目を経て公正に評価されているにもかかわらず、結果は異なるんですよね。これは多くは将来の計画をどう見るかによって変わってくるからです。売られる側はアグレッシブに、買う側はリスクを考慮してコンサバティブに。将来計画が異なれば将来キャッシュフローも変わりますから当然会社の価値も変わってきます。

評価額は単純に言えば今すぐ会社をクローズすればいくらのキャッシュが残るかという価値(言ってみれば単純にバランスシートを再評価して残る純資産)に上述の将来キャッシュフローから得られる価値(但し現在価値に引き直したもの)を足したもので算出されます。

さて、FP&Aのあなたはどちら寄りで評価しますか?もちろん自己評価を高くして自社を高く買ってもらいたいですよね?心情的に自分の働いている会社の価値を低く評価はしたくないものです。

でもそれではダメなんです。できるだけコンサバティブに、評価額が『低くなるように』導きましょう。何故か?

それは次のコラムで。

【M&A】その時FP&Aは何をすれば良いのか?

その2「備えあれば憂いなし」

さて、前回のコラムでは「そのアナウンスは突然に」と題して、外資系の日本法人へのM&Aの告知は前触れもなく突然やってくるということを、そしてその時グローバルのトップマネジメントは何を言い、そして社員はどのような反応をするのか、などについて書きました。

そして『それ』は、外資系の会社の社員にとっては決して特別なことではなく、明日にでもやってくるという覚悟が必要だという点についても触れました。

後述しますが、FP&A部門が『それ』に対して日常的に備えておくことが、M&Aのプロセスを順調に進めることに繋がり、裏を返せばFP&AはM&AをDisasterと認識し、常日頃からその『危機管理対策』を考えておかなければならないとも言えます。

では何故、M&AはDisasterなのでしょうか? それはM&Aのプロセスに起因します。『買う側』と『売られる側』ではプロセス自体もFP&Aが関わる中身も多少異なりますが、『それ』があったその日から突然、仕事が鬼のように忙しくなる事には変わりはありません。

というのも日常業務を100%こなした上でM&A関連の業務に関わらなければならないからです。完全にOn-Topです。Disaster ですから『ちょっと待って』などとは言えません。突然、否応無しにやってきます。決算や事業計画の時期に当たってしまえばまさに “泣きっ面に蜂“ です。

では、どのような危機管理対策を取っておけば、そのOn-Topの作業を軽減できるのか、という点について、今回はより厳しい『売られる側』の立場から話を進めていきたいと思います。

M&Aのプロセスの中で最も重要なタスクのひとつであるデューディリジェンス(Due diligence, 以下DD, でゅーでり)は、『売られる側』のバックオフィス部門、特にファイナンスとFP&A部門の協力無しでは成り立ちませんから、これらの部門は必ずと言って良いほど、DDの中心となって動く部門となります。

DDの意味合いにについてはググればいくらでも蘊蓄が転がっていますので、詳しくはそれを見て頂くこととし、ここで詳しくは説明しませんが、要するに企業価値の再評価のプロセスです。『企業価値なんて、財務諸表を見れば分かるでしょ?』ごもっともです。でも財務諸表だけでは見えない企業価値は山のように存在しているんですね。あっ価値と言っても必ずしもプラスの価値だけではなく、財務諸表では開示していない、あるいはGAAPではカバーしきれないマイナスの価値、つまりリスクも潜在しているのが通常ですので、そのような価値の再評価をM&Aの視点から行うのがDDです。

特にDDでは重視して行われ、かつ財務諸表ではっきりとは現れない数字のひとつが『将来キャッシュフロー』の評価です。トドのつまり、何だかんだ言っても買収する側は投資効果(ROI)を第一に考えているワケで、『ナンボつぎ込んだら、ナンボ儲かるんだ? 』という問いに対する最も明確な答えが、将来キャッシュフローという事になります。究極を言えば、この数字を作る事とそれを裏付ける為のエヴィデンスを揃えることがDDの最終目的とも言えるでしょう。

と、この辺であまり文章が長いと管理人のFURUYA氏から、『長くなくていいから回数あげて!』という声が聞こえて来そうなので、続きは次回のコラムに回したいと思います。

ではでは

【M&A】その時FP&Aは何をすれば良いのか?

その1「そのアナウンスは突然に」

毎度まいどの気まぐれな投稿ですみません。今回は会社がM&Aに直面した時にどんな準備をしたら良いか、どんな点に注意したら良いかについて、FP&Aの視点から話をしてみたいと思います。

最初にお断りしておきますが、M&Aに関しては数多くの指南書もありますし、監査法人系をはじめとした多くのコンサル会社のwebサイトでお偉い専門家先生による机上の蘊蓄を見聞きすることが出来ますので、ここではそこで語られているような堅苦しい内容は割愛し、あくまでM&Aの対象となってしまった会社のいちFP&A担当者として或いはコントローラーとしてどんな貢献が出来るかという事にフォーカスして話をしたいと思います。

さて、外資系のグローバル企業にとってM&Aの話は日常茶飯事です。大袈裟ではなく私の経験でも、大きいもの小さいもの含めると平均して数年に一回は “やって来ます” 。その形式も合併、カーブアウト(スピンアウト)、それに伴う閉鎖、撤退、『する側』『される側』、『マジョリティ側』『マイノリティ側」とさまざまです。

M&Aの対象となる理由も様々です。『スケールメリットや製品の拡充でマーケットリーダーになる』であるとか、『パテントや営業拠点の相互利用により販売を拡充させる』『ITシステムの効率的な活用』などの比較的ポジティブなもにから、『不採算部門の切り捨て』『業績不信による身売り』『管理部門コストの削減』『生産拠点の統合』『研究開発費の削減』『節税対策』などのネガティブなものまで。

もちろん、プレスリリースや社員向けのアナウンスでは、ネガティブな理由は、“たとえそれが実情であっても” 語られることはあまりありません。多くの場合は、『コアビジネスへの集中』『新たな事業領域への再出発』などの “もやっとした“ 理由で誤魔化されてしまいます。それは、M&A後も事業を続けて行かなければならない社員に “負け犬“ 意識を持たせない意味合いもあるのでしょう。ま、それをまともに信じるオメデタイ社員もあまりいないでしょうが(笑)

ところで外資系の場合、M&A案件はグローバルベースで進むことが多いので、日本法人に『その知らせ』は ”突然” やって来ることが多く、たとえ日本法人の社長でであっても、場合によっては社員と同じ時期に知らされるという事も珍しくありません。

時に『当社はX Xのため、X月X日に◯◯社と合併することになりました』であるとか、『当社はX Xのため、X月X日に◯◯事業部を売却する事になりました』であるとか。全社員向けの一斉メールが飛び込んで来ます。それはそれは社員総出でビックリ仰天で、管理部門においては情報収集と事態の収束に奔走する事態になること必至です。

当然、M&Aの話はアナウンスの数年前から秘密裏に進められ、株主との話がまとまった段階で、時を見計らって発表される訳ですが、子会社の日本法人の役員クラスでは始めから関わらない、或いはある程度話が煮詰まった段階で連絡が来る事が多く、後者の場合、日本法人内で事前に秘密裏に調査が進められることもあります。その時には会社役員だけでなく、場合によっては数字に詳しいFP&Aが巻き込まれる事もあるでしょう。

ところで多くの場合、一般社員へのアナウンスは社外へのアナウンスと “同時“ に行われます。社員に知られたら、今日のSNS社会では情報が外部に漏れるまでに数分ともたないでしょう。広報ばかりでなく、営業や購買、役員秘書も総出で対外的な対応に『その日』のうちから追われることに。まったく、いい迷惑です(笑)

さてM&Aというと、とかく不安を覚える社員が多いため、動揺を少しでも緩和するためにアナウンスは金曜日に行われるのが常套手段です。週末に少しでも自分の気持ちを整理してから、改めて週明けになって同僚とアーデモナイ、コーデモナイという話に入れるからです。話の内容はだいたい決まっていて、会社の将来や相手の会社、仕事の内容や組織のことなどは二の次で、ほとんどが自分たちの身分保証の話です。ゲンキンなもので、でもこれが現実です。

面白いのは、金曜日の現地時間朝にアナウンスされると、ヨーロッパ系の会社であれば日本時間の夕方に知らされるので週末クールダウンの効果があるのですが、北米系の会社の場合は日本時間の金曜日の深夜になってしまうため、”月曜の朝に会社に来たら大騒ぎになってた“ なんて事もあります。

さて、こんな時FP&Aはまずは何をすれば良いのでしょう? 明日は我が身、天災の如く突然来るので、万事備えておきましょう。

その話は次回のコラムで。

製品別収益性分析 〜人材不足時代の高付加価値製品事業への集中〜 その⑤(完)

その④では事業別のP&L作成のところまで話しました。今回はエンジニアの工数の把握と、それによるVA/hの算出の話です。

いつも話が脱線して長くなり、“結論は次回へ持越し“ のパターンになりがちですが、今回はこれで完結させたいと思います(笑)

さて、『工数の把握』とは具体的にはどのように行うのでしょうか? 『勤怠管理しているから、そこから時間を引っ張ってくれば?』それでもおおよその数字は把握できるでしょうが、以下の点において不十分な場合があります。

1. “勤怠にレコードされた時間 = 工数“ とは限らない。

…例えば作業やプロジェクトに直接的に関係の無いミーティングやトレーニング、目標設定などの人事関連の時間、更に移動時間なども場合によっては通常工数にはカウントしません。というのも工数見積もり時には上記の工数を考慮することはありませんので、これらを工数としてカウントしてしまうと、賃率が低くなり全体のコストをカバーすることができなくなるからです。

2. プロジェクトベースの原価計算を行う事業の場合は、事業別の総工数の把握が出来ない可能性がある。

…会社が複数の事業を行なっている場合、どのエンジニアがどれだけその事業に従事しているかを判断するには、日頃の細かなリソースの管理が不可欠です。プロジェクト型のビジネスの場合はERPなどのデータベースからプロジェクト別の工数を容易に取り出すことが出来ます。ただし、1人で複数の事業に関わっているような場合は、データベースから仕分けした各事業ごとの工数を別途集計する必要が出てきます。

また、量産型の製造業では個人別にERPにデータを管理しないことがあるので、その場合は一定期間の勤怠データからおおよその工数を把握することで代用します。なお、全ての事業が量産型の場合は上記1.の点は気にする必要はありません。

さて、これで事業別のP&Lと事業別の工数のデータが取れましたので、いよいよ最後の計算です。

先ず、事業別の付加価値(VA)を以下の算式により導き出します。

VA = 売上金額 ー 原材料費

例えばその事業の売上を1億円、原材料費を2千万とすると、VAは8千万円となります。そして、その売上に要するエンジニアの総工数が1万時間必要であれば、VA/hは8,000円と導き出されます。

これを最初に仕分けした各事業ごとに算出し、それぞれを比較してみてください。数字が大きければ大きい事業ほど『少ないエンジニアで大きい価値を生み出している事業』となります。

“いかに限られたエンジニアで大きな収入を得るか“ 昨今の人材不足の折に事業再編の参考値として活用してみては如何でしょう?

製品別収益性分析 〜人材不足時代の高付加価値製品事業への集中〜 その④

その③では、製造業での事業別の収益性分析の際には『エンジニアのリソースが昨今の人材不足の時代には重要なクライテリアとなり得る』という理由を具体的な例を挙げて説明しました。

今回は、それぞれの事業がどれだけエンジニアのワークロードを消費しているかを具体的に測る指標 “エンジニアの時間当たりの付加価値(VR/h)“ の算出方法について話したいと思います。

まず最初に考えなければならないのは、事業を『どのような括りにするか』ということです。既に社内で事業部として認識しているものを活用するのも良いでしょうし、もし “あやしい” 事業があれば、その収益性を浮き立たせるために独自にFP&Aの視点で区分けするのも良いでしょう。ただし、独自に設定する場合は予めマネジメントの合意を取り付けておきましょう。裸にされて困る事業もあるかもしれませんので(笑)

次に取り掛からなければならないのは『事業別のP&L』を作成することです。事業別のP&Lを既に作成している場合はそれを活用しても良いでしょう。しかし、事業別には “売上と粗利益“ までしか把握していないような場合は、販管費の各事業へのアロケーション方法から考える必要があります。

販管費のアロケーションは、主に以下を基準にしておけば、おおよそ現実に近い事業別のP&Lを作成できると思います。

・販売直接費 (輸送費、販売コミッション、ロイヤルティ、保管料、など) … その事業に直接的に関わる費用ですし、ほとんどが売上に連動するコストですので、簡易的なアロケーションではなく、出来るだけ個別の事業別に集計しましょう。(もちろん、売上割戻などがあればそれも同様に)

・販売費(固定費)(主に営業部門の人件費と交通費などで構成されている場合が多いと思います)…もし、コストセンターと事業が『一対一』あるいは『複数対一』の場合は、そのままその“コストセンターのコストを事業の販売費“ とすれば良いので簡単です。

しかし、『一対複数』あるいは『複数対複数』、つまりひとつ(あるいは複数の)コストセンターに対して “複数の事業“ が関わっている場合にはコストを適切な配付キーでアロケーションする必要が出てきます。

(アロケーションのキーの設定方法については今回のポイントではありませんし、話すと長くなってしまうので概略のみとし、詳細は次回以降のコラムで説明することとします(汗))

主な販売費のアロケーションキーとして以下のようなものが挙げられます。

その事業に対する…
・個人別のワークロード(%)
・受注伝票の数
・見積書の数
・アクティブな顧客の数
・上記のミックス

あえて売上や受注の金額ベースでのアロケーションを推奨しないのは、実際に掛かるコストと売上金額は必ずしも連動しないからです。例えば一件1千万円と1億円の売上を比べた場合、営業部門で掛かるコストが金額通り10倍違うということは無く、まぁ多少の差はあるとしても『手間』という意味では金額よりも件数の方が現実に近いからです。それでも売上を考慮したい場合は金額をベースにしたものをミックスしても構いません。

・一般管理費… 管理部門の人件費、オフィスの賃料(自社ビルの場合は減価償却費とそのメンテナンスコスト)、それとIT関連のコストが、おそらくどの会社でも金額的に経費のベスト3に入ってくると思います。

ですので、できればその3つが適切に配付できる、例えば以下のようなキーを使うと良いでしょう。
・各事業の『販売費(固定費)』の金額
・各事業に関わる営業部門の人数
・各事業で使用しているオフィスのスペース
・各事業の売上

手間を惜しまないなら、コストの種類やコストセンターによって配布キーを変える方法も良いでしょう。例えば人件費や人事部門のコストは人数、オフィス賃料や光熱費は占有スペース、法務部門のコストは契約書の成約件数やパテントの申請件数など、ITはPCの台数やシステムごとのユーザーの数などなど。

上記に加え『係数』を考慮するという方法もあります。例えば、製造部門を抱える事業は非製造部門より管理費が掛かるので1.5倍にするであるとか。

さて、事業別の売上と粗利益に対して上記の販管費のアロケーションを行なうことで事業別の営業利益(あるいはEBIT)まで算出することができました。

さて、これで計算元となる数字の基礎はOKです。あとはエンジニアの工数の把握さえできればVA/hの算出が可能です。

工数の把握の作業の前に、ここまでの段階でどの事業の収益が良いのか悪いのかをある程度把握しておきましょう。あくまでP&Lから見た収益性です。

勘違いしてはいけないのは、事業別のP&L ≠ 独立した会社のP&L という事です。つまり事業別では利益が出ているからと言って、その事業が独立しても利益が出るとは限らないという事です。他の部門とのコラボレーションの元で成り立っている事業もあるでしょうし、シェアードサービスを活用しているからコストセーブが出来ているかもしれないし、ブランド力やだけで売上が伸びている事業もあるでしょう。

と、このまま続けると、また長くなってしまいそうなので、工数の把握については次回のコラムで!

製品別収益性分析 〜人材不足時代の高付加価値製品事業への集中〜 その③

その②に続いて、エンジニアのリソースアロケーションと収益性の話です。

では、単純な例を挙げてみましょう。会社全体のエンジニアのリソースを100人と想定します。(最初に問題提起したように、人材不足の今はリソースを増やすことは出来ないという前提です)

ここにAとBという2つの事業があります。それぞれ年間の売上は50億円、会社全体の売上高は100億円です。AとBはマーケットの規模、将来の成長性の予測などはほぼ同じですが、収益性が異なります。Aの平均粗利益率30%、Bは25%です。販管費は両方とも15%で差異がありません。

さて会社としてはどちらの事業の拡販をするべきでしょう?そう、当たり前ですが答えはAです。

通常であればこのままAの拡販に向けての戦略の話に進むのが、“必要であればいつでも人材を確保出来た時代の“ 一般的な流れです。

今回は、ディシジョンメイクの前に、これをリソースの観点からもチェックしてみましょう。

Aは製造原価に占める原材料比率がBと比べて低いのですが、1億円分売上げるのに必要なエンジニアのリソースは 『18人月』必要となります。つまり計算上は1.5人のエンジニアが一年間フルで作業をすることになります。

Aの年間売上高は50億円ですので、これを達成するには1.5(人) X 50(億円)、理論上は75人のエンジニアが必要となります。

一方Bは、Aに比べて原材料費比率が高い代わりに、1億円を売上げるのに必要なエンジニアが 『6人月』だけ、つまり年間1億円を売上げるのに0.5人、同様に計算すると0.5(人) X 50(億円)、とAの1/3の25人のエンジニアのリソースで済みます。

このように、現在はA事業に75人、B事業に25人で計100人のエンジニアにより、計100億円の売上を計上しています。

なお現在は、50億円X 30% (A) = 15億円と、50億円 X 25%(B) = 12.5億円、合計27.5億円の粗利益を計上することができています。

ところがどうでしょう?粗利益率が高いからと言って単純にA事業を伸ばす戦略を組んでしまえば、極端な話、必要なエンジニアのリソースをBから借りてくるか、Aの売上を先延ばしにするかの選択肢を迫られてしまいます。

仮にBの売上を犠牲にしてでもAの拡販をするというディシジョンをした場合、AはBの3倍のリソースを必要とするため、追加となる売上はBの3分の1しか計上できず、全体の粗利益も当然減ってしまいます。

粗利益の計算:
50億円 X 1/3 X 30% = 5億円
< 50億円 X 25% = 12.5億円

このように、7.5億円の粗利益と約33億円の売上を失ってしまいます。

一方、これをB事業にフォーカスするという判断をしたら収益性はどうなるでしょう。

仮にBを50%拡販するとの目標を挙げると、50億円の50%、25億円に対して12.5人のエンジニアが追加で必要となります。これをAのエンジニアを引っ張ってくることで達成しようとすると、Aの売上は約8億円犠牲になりますが、

B : (50億円 + 25億円) X 25% = 約19億円
A : (50億円 – 8億円) X 30% = 約12億円

と、会社全体の粗利益は合計31億円になり、差し引き3億円の増加、売上も117億円と17億円の増加となります。

もちろん、現実にこんなに単純な図式を描く訳でもなく、ある事業を犠牲にすれば供給責任や長期契約などの問題も出てくることもあるでしょう。またこれはエンジニアの経験値を無視した机上の計算ですので、そう簡単にAからBへ配置転換をする訳にもいきません。

しかし考え方として、売上や粗利益率だけでなく、この時代にはエンジニアのリソースを重要なクライテリアとして考慮する必要もあるということはご理解いただけたのではないかと思います。

さて、では上記のリソースのパフォーマンスを売上や粗利益のように『簡単に比較できる指標』は無いでしょうか?という事で本題のVR/hの算出方法の話に入ります。

が、それは次のコラム “その④“ で。

製品別収益性分析 〜人材不足時代の高付加価値製品事業への集中〜 その②

前回の“その①“に続き、事業の選択と集中の話です。

ひとくちに事業の “選択“ と言っても、その手法は業種によって、事業の括り方によって、そして最終的に何をターゲットにするかによっても異なります。今回は前回のコラムで問題提起したように、人材不足時代にいかにリソースを有効活用するか、特に製造会社におけるエンジニアリング部門のリソースの効率的な活用方法について注目し、どのようにしたら『FP&Aの視点』で選択と集中のディシジョンメイクに貢献出来るかをコントローラーの立場から書いてみたいと思います。

さて、事業や製品の収益性分析を行うにあたり、予め『何をクライテリアとするか、つまり何をもってその事業を選択のテーブルの上に乗せる判断をするのか』についてを決めておく必要があります。粗利益?営業利益?売上金額?成長性?パテントの有効性?大口顧客との契約? などなど、あげればキリがありませんが、できれば2つか3つに重要となる判断基準を絞って設定しましょう。

会社や事業が何にフォーカスしているか? 売上なのか、利益なのか、キャッシュフローなのか、或いはそれ以外の目標があればそれを。最終的にそれらを達成するために必要となるクライテリアを選択しましょう。

また、判断要素には政治的な理由を絡めたり、アンタッチャブルな事業を対象から外しがちですが、出来るだけそのような事が無いよう、予め最終テーブルを囲むメンバーと事前に合意をしておきましょう。

どこの会社にもひとつやふたつはありますよね。うすうす不採算と分かりながら、アンタッチャブルな事業部門。創業以来の事業?巨額の開発費や投資をつぎ込んだから今さらやめられない? 何やっているかよくわからない事業? 事業部長の声がデカイ? 社長や古参社員の鳴り物入り? などなど。

結果が出る前なら合意は取りやすいですから、最後にテーブルに乗せた時に文句を言われないようにしておきましょう。(笑)

はじめに断っておきますが、FP&Aのタスクは、その分析結果をもって対象となる事業や製品を “ディスカッションのテーブルの上に乗せるまで“ です。その後、どう料理するかはあくまで経営判断です。捨てるのも、料理して活用するのも、そのまま生かしておくのも経営判断です。ですので、意図的に特定の事業を特定の方向へ導くようなプレゼン資料を作る事は避けましょう。

さて、判断基準の話に戻りますが、上記に挙げたクライテリアの他に今回あえて提案したいのが、『時間当たりの付加価値』(VA/H)と言う考え方です。これを加える事で、その事業に対する見方が変わってくる場合があります。

仮に収益性が高い事業であっても、その事業を行うにあたり多くのエンジニアのリソースを必要とする場合、限られたリソースの多くをそこへアサインしてしまえば、他の事業のリソースが奪われるだけでなく、その事業そのものの成長まで停滞させてしまいかねません。つまりリソースがボトルネックとなり、いくら頑張っても売上が伸びないばかりか、会社全体の成長に負の影響を与えてしまう可能性もあり得ます。

では次回以降のコラムで、収益性から見た適切なリソースのアロケーション方法やVA/Hの算出方法について具体的な例を挙げて説明をしたいと思います。

製品別収益性分析 〜人材不足時代の高付加価値製品事業への集中〜 その①

前回のコラムでも少し触れましたが、昨今の人材不足は深刻です。特に電気、機械、ソフトウェアなどを問わずエンジニアの確保が難しく、当分の間この状況は続くものと思われ、人事担当者や経営者は頭の痛い限りです。

私の身近でもいろいろな問題が起きています。外資系企業ということもあり、(新卒も採用していますが)どちらかというと中途採用での即戦力を求める声が多く、かつ採用条件としてさまざまな要求が上がってきます。まず、当然ながらその分野での一定の経験があること、そして地方の工場での勤務(あるいは頻繁に出張すること)が可能であり、ある程度英語を話せる人材、と。いくらサラリーレベルにある程度の色を付けたとしても、そうなるとそもそもの転職エージェントからの紹介の数も限定され、また、採用に至るまでに相当な時間がかかってしまいます。かと言って社内の他の事業部からの内部応募で賄おうとしても、その間に出ていく数を埋め合わせるのが精一杯という状況です。

やはり日本人にとってハードルが高いのは『英語』です。売り手市場の今、これまで日本の会社で働いていたエンジニアが、あえて英語を日常的に使う職場に転職するでしょうか? いやいや、日本の企業で周りは日本人ばかり、仕事も会話も日本語でコミュニケーションできる方が自分の能力を目一杯発揮出来るでしょうし、英語が理解できないことでストレスや余計な劣等感を感じる事もないでしょう。私ならわざわざそんな不安要素のある仕事は選びません。

この様な状況では、採用する側も活動が停滞しないよう、例えば応募者に『英語の能力に関しては高くを望まない』などと謳ってみたり、採用条件を多少なりとも妥協することも必要になってきます。

しかしいざ入社してしまえば社内の環境が英語が出来ることが前提であることに変わりは無く、つまり主となるコミュニケーションは英語であり、英語が出来なければ仕事も進まず、役職にも付けないとなると、結局大きなストレスを抱えながら本来の仕事をやりこなさなければならず、それでも若ければキャッチアップする時間もありますが、ある程度の年齢からではそれも難しく、仮に入社しても結局また別の会社へ転職してしまうという悪循環に陥ってしまいます。

この様にしばらくの間は十分な人材確保が難しいという状況で、経営者にどんな打開策があるのでしょうか。もちろん引き継ぎ積極的な採用活動は行うにしても、足元の事業計画の達成に向けて会社の発展策を『限られた人材(リソース)で』講じていかなければなりません。

つまり今、事業計画達成や事業拡大に向けての構図を『リソースの増加無しに』描く必要が出てきてしまったのです。

では、経営者は具体的にどのような戦略を立てていけば良いのでしょう? もちろんアウトソースもその手段のひとつとして考える必要がありますが、なんでもかんでもアウトソースしてしまえば製造会社としてのコンピテンスを失うことになってしまいますから、それにも限界があります。いかに限られたリソースで、コアのコンピテンスを失うことなく、事業を拡大させるか。

それが事業の選択と集中です。

とかく『選択と集中』というと、危機に陥った会社がそのリストラ策として使うことが多い印象ですが、例え潤沢な収益を上げている会社であってもこの分析は必要で、これにより継続的に事業収益を拡大させることもFP&A部門の存在意義のひとつでもあります。

では何に対しての選択と集中を分析すれば良いのでしょう? 数ある分析手法の中から、ここでは上記のリソース問題に絞って考えてみたいと思います。

続きは次のコラムで。

​ 1人当たり売上高と床屋さんのFP&A

企業の収益性を図る指標のひとつに『1人当たり売上高』と言うものがあります。読んで字のごとく『売上高』を『社員数』で割った金額で、一般的はそれが大きければ大きいほど良いとされています。

1人当たり売上高の大きい業種の代表として商社、卸売業、ゼネコンや不動産業などが挙げられます。これらの業種に共通しているのは、限られた人数で比較的取引金額が大きい商品を付加価値(VA)を加えずに “右から左に動かす” 事で、比較的小さな売上総利益率ながら大きな営業利益を出すというのがビジネスモデルであり、製造業やサービス業のそれとは対照的です。

上記の業種を『人への依存度』と『VA』から考えると、サービス業 > 製造業 > 商社等 となり、つまり1人当たりの売上高とは反比例します。

このように業種によってその指標が変わりますが、1人当たり売上高は製造業で1億円以上あれば優良会社と考えて良いと思います。

製造品のVAがどのくらいの割合かにもよりますが、とはいえ例えば100人の製造会社で年間100億円のものを作り出すのいうのは、かなりハードルが高い指標です。

ちなみに、日本を代表する製造業のひとつであるトヨタ自動車を例に取ると、ザックリした計算で且つ年度によっても違いますが、1人当たり売上高は約8千万円、営業利益率は約8%、販管費率約12%、粗利益率約20%、原材料比率は80%ですのでVAは年間約3千万円、ひとり1時間当たりで約1万5千円という計算になります。

商社の場合はどうでしょう。同じトヨタグループの豊田通商は1人当たり売上高は約1億3千万円とトヨタ自動車よりも高いのですが、売上総利益は7%、販管費率は6%、1人当たりのVAは5,000円/時とトヨタ自動車よりも低くなってしまいます。このように1人当たり売上高の指標は業種によって異なりますので、一概に金額だけで比較する事は難しいです。

どうですか?皆さん、会社でひとりあたり1時間で1万5千円の価値を生み出していると思いますか? …と言われてもわかりませんよね。ではサービス業を例に取って考えてみましょう。

サービス業といっても、飲食業、観光業、機械や自動車の整備業や会計士、保育士、弁護士、税理士などの “士” が付く職業など様々ですが、今回は私が個人的にその価格設定について常に疑問を持っている理髪業を例に取って考えてみたいと思います。

理髪業、つまり床屋さんです。私の場合顔なじみの床屋さんにだいたいひと月半に1回程度行くのですが、そこで取り留めのない話をしながら散髪をしてもらうのが至福の時間で、気持ちよくて眠ってしまう事もしばしばです(笑)。

この床屋さん、何年も通っているのですが従業員は減る一方で、以前は全部で4人ほどで回していたのですが今は店長1人だけでやっています。なんでも、そもそも理容師の『なり手』がないそうで、辞めていくのは腕を上げて独立する人なのですが、代わりの新人が来ないとのこと。以前は理容師学校を卒業した新人が入って来たようですが今は募集しても全く来ないそうです。

どこもそうですが昨今の人手不足には困ったもので、特にサービス業においては顕著なものがあるようです。そしてその要因のひとつにやはり待遇面の悪さがあるのではないかと考えます。

私の場合まず髪を切ってもらってからシャンプー、顔剃り、ドライヤーで乾かし最後に簡易マッサージとなるのですが、(たいした髪ではありませんが)これで約1時間かかります。料金は4500円。不思議と地方でも都心でも散髪代は大きく変わらず、だいたい4千円から5千円の間です。この価格はおそらくここ20年間大きく変わっていません。

当然この一貫の作業中は私だけで他に客はいません。これ、どういう事かと言うと、この店長はどんなに頑張っても1時間当たり4,500円以上は稼げないんですね。当たり前ですが。

シャンプーなどの物品販売もありますがあまり買う人もいないでしょう。散髪はネット販売もできませんし、作り置きもできません。

ここは美容院と違うところで、ある程度の物品販売もあればパーマの待ち時間には他の人のカットも並行してできます。そもそも美容院の単価は何故か床屋よりも高いのでちょっと比較ができません。

それでも美容師の世界は理容師に比べれば『なり手』は多いそうです。ただし腕が良くないといつまで経っても下っ端で、結局は低価格店、つまり『1,000円カット店』のようなところへ転職して行くようです。ですので『1,000円カット店』の店員の多くは理容師では無く美容師なのだそうです。顔剃りをしないので資格的にも問題ないとのこと。私は行きませんが(笑)だって、普通の床屋さんが30分以上かけてカットするクオリティを10分で出来るハズがなく、結果として床屋に行く感覚が短くなり結局高くついてしまうのと、髪くらいはリラックスして切ってもらいたいし、顔剃りもお願いしたいからです。

さて店長の話に戻ります。この言わば時給4,500円の収入から店の家賃、専用の電動椅子のリース代、水道光熱費、シャンプー、石鹸、タオル、髭剃りなどの消耗品、タオル蒸し器やドライヤー、アイロンパーマのコテ、掃除機などの備品代も払わなければなりません。手取りはいったいいくらくらいになるでしょうか。

まずは収入の想定からです。パーマや毛染めがあったとしても、1時間当たりの単価はさほど変わらないと思いますので、そこの想定は割愛します。1時間の対価は4,500円、捌く人数は1人。では月に何人くらい客が来るでしょうか? この店長、腕が良いだけでなくアイロンパーマの特殊技術があるらしく、いつも先3週間は平日も含めて予約がいっぱいで、遠くは山梨や東京の外れから毎回通っている人や、我々世代の野球界のヒーローで今は野球解説者のE氏も遠くから通っているほどです。

ちなみに、いまどきアイロンパーマなんてやる人いるの?と聞いたところ、超剛毛の人は髪を伸ばすとどうにもバラバラになってしまい、アイロンパーマでないと収まりがつかないことがあるのでまだまだ需要あるとのこと。ただできる理容師も少なく増して熟練者は都内にもそう多くいないそうです。

このように幸いにもアイドリングの時間はほぼ無いようですので、仮に1日の営業時間10時間で日に8人、火曜日だけが定休日なので月の稼働は25日、そうすると月に約200人捌くことになります。そうとう頑張ってですが。

支出で1番大きいのは家賃でしょう。駅近の一階の店舗ですから月の家賃は最低でも20万円くらいはするでしょう。この家賃を200人で割り返すと千円。早くも手取りが時間3,500円まで減りました。同様にリース代を月に3万円、水道光熱費を5万円、消耗品や店の備品代で7万円、計15万円を割り返すと750円となり、2,750円まで減ってしまいました。

月の収入としては最大でも約50万円、年収で600〜650万円。ベテランで腕の良い職人の理容師ですから実質この業界のトップランナーでしょう。しかも1日立ちっぱなしで、週休1日です。ちなみにネットの情報ですが、理容師の平均年収は250〜350万円だそうです。

この店長も元々はカリスマ美容師がやるように、若い人材を育てて店を大きくし、オーナーになって店舗を増やす事を考えていたそうですが、人が来ないのでそれどころではないそうです。

さて、平均年収300万円、どんなに特殊技術を磨いても年収600〜700万円が頭打ち、しかも休みは少なく身体が資本、美容師のようにカリスマになる事も難しい…となるとやはり『なり手』は少なくなってしまうなが必然。床屋さんの数が減っているのは客が1,000円カットに流れているのが主な要因では無く、若手が魅力を感じられる報酬を得られる環境が出来ていないのが元凶のような気がします。昨今の保育士不足に近いものがあるかもしれません。現に歳を取った床屋のオーナーが跡取りもなく廃業するとケースも少なくないそうです。

理容師に限らずサービス業で変わらない需要があり、他に変えられない技術や知識を持っている人はやはりそれなりの報酬を得るべきで、そうでないとその産業自体が衰退していってしまいます。

日本でもドイツのマイスター制度のような仕組みを取り入れ、技術者は技術者として若いうちから専門性を磨き、その専門性を生かした産業を保護するようにする一方で、大学ではゼネラリストとして、理系・文系の区別無く知識をつけていく必要があると思います。

日本にも高等専門学校(高専)というものがあります(私の経験では高専出身者はその専門性については優秀な人が多く、かつ新卒でも即戦力になります)が、その報酬については大学卒に及ばないという何ともおかしな慣習がありますが、高専をもっと発展させ、報酬も専門職としてゼネラリスト並みに設定すれば、昨今のエンジニア不足にも貢献できるのでは無いでしょうか。

閑話休題、最後に1人当たり売上高の話をもうひとつ。

この写真、電車の3人掛けの席の前に立った時に目の前に飛び込んできた広告なんですが、何とも言えない違和感を感じたので、ちょっと分析してみました。

いや、違和感を感じたのはこの本の題名ではありません(まぁ題名も胡散臭さ満載なんですが、それはそれとして) 。違和感を感じたのは、ここに書かれているこの会社の社員数と売上高です。

多分この著者(この会社の社長)は『自分はこんなに次々と新規事業を成功させた大きな会社の社長だから、うちの会社のやり方を参考しなさい、そうすれば必ずあなたも成功しますよ』的な上から目線というか信仰宗教の勧誘文句のような宣伝文句で、本を売り込もうとしているんでしょう。

しかし、この社員数と売上高から1人当たり売上高を計算すると約750万円。トヨタの10分の1以下、床屋さんと同じくらいです。いやいや、業種によるでしょう?そうです。で、調べてみました。この会社、ネットカフェやフィットネススタジオ、ホットヨガスタジオ、健康食品販売、介護事業と様々な事業を展開していますが、メインはフィットネスクラブのようです。そうです、サービス業ですから製造業の1人当たり売上高とは比べられません。そこで他のフィットネスクラブの数字を調べてみました。

例えば株式会社ルネサンスの場合社員に臨時雇用者数を足したもので売上高を割ると約1千2百万円、同様に東急スポーツクラブオアシスは3千4百万円、セントラルスポーツは1千7百万円、ティップネスは臨時雇用者数を含めた数かは不明なため参考値ながら5千2百万円(コナミスポーツはコナミと合算の決算なので除外しました)と、1人当たり売上高は、1番小さなルネサンスの6割程度です。

1人当たり750万円の売上から光熱費、建物の賃借料、設備の減価償却費、機材のリース代も備品代も支払わなければなりません。いったいどれだけ人件費に回せるのでしょうか。自ずと社員の給与水準がわかってしまいます。恐らく前述の理容師の平均給与かそれ以下でしょう。(ちなみに有報によるルネサンスやセントラルスポーツの平均給与は550万円程度)

給与が全てとは言いませんが、明らかに世間より安い給料で社員を大量に雇用して、

『突然ですが、社員をもっと大切にしてみてください 』

とは、こっちのセリフです(笑)